今日の2本目。1本目もヨロシク。

今日は、やぼちんの57回目の誕生日である。
計算しやすい1960年生まれ。昭和35年。

次女は無頓着なキャラなので、父親(夫)の生年月日を覚えていないので、
やぼちんの生年月日から8を引いているらしい。

そうそう、日本の高度成長期に育ったので、小学生の頃は公害の話が多く、
まるで今の中国のようであったな。
姉・ ニャンちゃんと やぼちんの間が、百恵ちゃんの学年である。

幼児期から小学校低学年は、グループサウンズが流行していたが、
あまり記憶が無いので、カラオケの時は、 うさこさんに歌って貰っていた。

小学校6年の時、天地真理の全盛期で、男のアイドルはフォーリーブス。
中学の時は、新御三家と中3トリオが流行っていた。
そうそう、しんみりとフォークソングを聞いていた時代でもあったな。



祖父母が明治時代の人だったから、昔の話を聞くのも好きだったな。
夕方、勉強もせず、祖母が握ってくれたおむすびを食べながら、
時代劇の再放送を一緒に見ていた。

夜は夜で、ちゃんとアニメ・ドラマ・歌番組を網羅していたし、
ヒマがあれば、マンガ・イラストを描いていたよ。
だから、勉強はしないし出来ない。



20代・・・。バブルの恩恵も受けた記憶が無いな・・・。
子育てに追われていたよ。
母・クチバシの家系が教育熱心なので、遺伝なのか?教育熱心。
母方の従姉妹も熱心そうだし、現に 長女 ・ 次女が熱心である。

30代は教育熱心の傍ら、テレビゲームもたくさんやっていたさ。
困ったもんだね。
FF・ドラクエ、他、いろいろやったねぇ~。

39歳(1999年)から10年は好きな仕事をしていたが、
2009年末からの仕事は、生業(なりわい)と呼んでいて、淡々とやっている。
「この仕事を好きじゃないから、(実力が)伸びない。」と
堂々と同僚に言っている。

これも、あと4年。何とか乗り切ろうと思っている。
第4の人生が待っているのかな?


3つ児の魂百まで・・・。
やはり、4時間のパートを終えて帰ったら、韓流ドラマ尽くし。
ツムツムもやるしね。
仕事の事なんて、ほとんど考えない。だから伸びない。

まあ~、 やぼちんの人生って、こんなもんやな。
これを平凡と呼ぶんだろうなぁ。



結婚するまでは何も不幸じゃないのに、精神的に不幸な人間だった。
結婚後は、そんなに不幸感は無い。
特に、 夫が転職した やぼちん24歳頃から不幸感が減った。

人生プラス・マイナスが0だとしたら、プラスが33でマイナスが24。
ヤバイね。
アハハハハ・・・、 人類に何も貢献無し・・・だな。





スポンサーサイト
昨夜、 義姉から電話が来た。
主な内容は格安風航空会社の会員についての話だ。
2度ある事は3度あるかも?
今度は、往復、格安風航空会社の飛行機になりそう。

舅は、先週末に酸素マスクも取れ、鼻からのチューブ・エッヘンも
今日取れたそうだ。
(母 ・ クチバシが、鼻チューブをすると、偉そうに見えるから、
 エッヘンと名付けた。)

1週間前、危篤事件の翌日は、舅の頭はハッキリしていて、
酸素マスクをしていたのだが、良い反応をしていたが、
先週末の電話では、舅が無反応でボーっとしているそうだ。
昨日も同様な状況であったらしい。

足の付け根の静脈から栄養を入れるのを選択した  義姉は、
その姿を見て、それで良かったのかと悩み・・・。
先週末の電話でも、昨夜の電話でも、それで良かったのかと呟いていた。

両親の介護をした経験から
「主たる介護人っていうのは、親を見送った後、何をやったにしても、
 <あーすれば良かった・こーすれば良かった>と思うものですよ。
 でも、3年ぐらい経つと、それも自然と考えなくなる。
 時間が解決するんですよ。」

今回は、<どれも正解で、どれも不正解の選択>
ポックリ死んだ場合は、別の悲しみがあるんだろうけど、
現代のような長寿社会では、このようなケースの方が多いのかな?

心の傷・悲しみを癒すのには、時間がいるな。
<時間が解決する>と言えるようになったから良かったのかもね。
やぼちんも、少しだけ、運命を受け入れるのが上手になったようだ。





引き続き、介護と見送りの話

コメントを頂いた中に
長男さんが「自分の義理の父を見送った経験から。」と言えば、
結果が変わったという文があった・・・。

長男と言えば、うちの 夫である・・・。

義理の両親の介護時代であるが、やぼちんや家族を一生懸命病院へ
嫌な顔一つせず、送ってくれた。
・・・がっ、
病室には、ほとんど入らなかった。入ろうとしなかった。

やぼちんが病院に長くいる時は、いったん家に戻り、
短い時は、車の中で雑誌を読みながら待っていてくれた。
やぼちんを支えてくれたのは分かるんだけどね・・・。

病室には、母・ クチバシが急変した時と死ぬ直前に入ったかな。
だから、何も知らないのである・・・。

父・ レビー小僧の時は、全然入らなかったな・・・。
もっと知らないのである。

「レビー爺さんも足の付け根から栄養を入れていたよ。」
「そうだったっけ?」だもん・・・。

死んで、クチバシ家で寝ていても、顔すら見てないよ。
怖がりだからね。


さて、今回、失敗した事が1つある。
夫と やぼちん、二人だけで見舞いに行った2日目の午後。
看護師さんが痰吸いにやって来た。

「見る方もイヤだが、本人は自分の苦しみを見られたくないと思うよ。」って
夫と一緒に廊下に出て待っていた。

しばらくして失敗したなと思った。
やぼちんの両親や自分の父親が痰を吸われて苦しんでいるのを見ていない。
父親の姿を見て、自分の人生の最終選択の糧にして欲しかったな。

結局、何も知らないから、舅(父親)の運命を決める場でも発言無し・・・。
義弟が、一番医師に意見を述べ立てていた。

今日、
「あんたは、だから出世出来なかった。」と言ったら、
「だから、こうして平穏に仕事を終われたんだ。」と開き直った。

覇気の<は>の字も無いヤツであるが、義弟の波乱万丈人生の妻より
マシかと思ったさ・・・。

やぼちんが甘やかし過ぎたんだよ。


追記:
「管人間にはなりたくない」の<管>とは、舅にとって、どのレベル?
この経験で思った事は、もっと具体的に、どのレベルの管がイヤなのか?
自分の人生では、ハッキリさせておこうと思った。

人工呼吸器・胃ろうは拒否しても。
高カロリーの静脈からの点滴の管・普通の点滴の管・尿を取る管。
どこまで許せるのか?

やはり、舅・姑は両親を介護していないから具体的に
分からなかったんだと思うな。



ようやく、医師に呼ばれたので、ナースステーションに行った。

簡単に言うと、
数年前から何回も患っている脳梗塞のせいで、嚥下機能が落ちている。
乱暴な言い方をすれば、もう脳梗塞の末期と考えたら良いだろうとの事。

痰を吸い取っているが、食事した物も半分吸い取っているような状況で、
栄養状態も良くない。
少しでも、食事をすれば、誤嚥性肺炎を起こす状態にある。

栄養状態が悪いし、もう回復の見込みがない状況。

方法は4つである。
それを家族が選択して下さいと言われた。

①胃ろう
これは、舅本人の意思から、胃ろうはしない事になっているし、
胃ろうをしても、体液から誤嚥をするそうだ。

②足の付け根から静脈から栄養を入れる。
感染を防ぐ為に、膀胱にも管を入れて尿を取る。

③今の点滴のまま。これは1ヶ月後に枯れるように死ぬ。
④何もしない。苦しむけど、すぐに死ねる。

「オヤジは、70歳頃、管人間だけにはなりたくない。と言ってたし、
50歳代と90歳代と同じ治療というのは、変じゃないでしょうか?」と義弟。
「私も、そのように考えています。」と医師。
義弟と医師の考えは、④の何もしない風?

「平穏死っていう言葉がありますが、それは、どうすれば?」

「点滴もしないで、そのままにするのが、それになります。」と医師。

今の点滴のままにすると、1ヶ月後に栄養が無くなって死ぬそうだ。
点滴をしないと苦しむのなら、苦しまず、枯れるならと思った。
「今の点滴を続ける方法が良いんじゃない。」と 、③のやぼちん。

何故なら、亡き父が足の付け根の静脈から栄養を入れていたが、
細菌感染してイマイチのイメージだったし・・・。
舅が1日7回も痰を吸い出される苦しみから解放されても良いかなと思った。
舅がイヤがった<管人間>になると思うし・・・。
人間の尊厳を大切にしたいと思ったし。

でも、
「私は、日々、弱っていく父を毎日見ているのが耐えられない。」と
義姉さんが言った。

夫・義弟・やぼちんは
「それは、介護している人の意見が一番だよ。」ってな訳で、
足の付け根の静脈から栄養を入れる方法となった。


これから、どれくらい舅が生きれるかは分からないが、
介護している人の意見が一番である事は確かであるな・・・。

やぼちんと同じ③が良いと思っていた 夫だが、
その時は何も言わなかった。
同じ③に賛成だったと知ったのは、後になってから。

<沈黙は金>・・・。
(こういう人間の方が生きて行き易いな。)と思ったさ。

昨日は、午後から、もう一度、面会に行き、舅の顔を見て来た。

今朝、ホテルを出て家路についた。
往路で使った次女の株主優待券は、片道だけだった。
帰りの料金を調べたら、高くて驚いた。
こんな高い料金で飛行機に乗った事が無かったからさ。

それで、今まで乗った事がない格安系航空会社の飛行機の乗った。
これから、また<もしも>があったら、これを利用するしかないみたい。

去年の6月後半、今回で、2回の舅の危篤フライング。

やぼちんも経験したが、自分が悪い訳じゃないけど、
フライングさせた介護者はバツが悪い・・・。
義姉さんも、そんな気分でいるんだろうなぁ~。とほほ。



やっとこさ北国市に到着。

夫が高速バス内で予約しておいたホテルにチェックイン。
今の世の中は便利だな~。

本当は、すぐにでも病院に飛んで行きたかったけど、
スーツケースが2つもあるので、仕方が無かった。

すぐにタクシーを拾って病院に向かったけど、道に迷ってウロウロ。
何回も来ているのに、暗くなってしまうと、もう分からない。

やっと到着したら、 義姉さんと義弟が待っていた。

舅は、酸素マスクをして寝ていた。
血圧も脈も安定していた。

朝の段階で、血圧も下がり、呼吸も1回止まったそうだ。
医師から「覚悟しておいてください。」まで言われたらしい。

「明日9時半から、先生の話があるから、一緒に聞いて。」と
義姉さんから言われた。

本人も寝ているし、ちょっとだけ顔を見て解散となった。


翌日、9時に病院に到着した。
直後に、義姉さんと義弟も到着した。

舅は、起きていて、義弟の手を握り続けた。
一番可愛い子なのか?一番心配な子なのでそうしたのかは不明だ。
義弟も手を握り返したり、時には父を抱いたりした。

感情豊かな義弟に対して、シャイで愛情表現が出来ない 夫・・・。
見ていて複雑な気分さ・・・。

舅の唯一の男の孫がいる義弟の家・・・。
その子が優秀である。
その子の存在が、義弟のプライドなんだろうね。
「オヤジの名前の一文字を取った名前を付けたんだから。」とか
「トンビが鷹を生んだとみんなから言われているんだ。
 オヤジに似たんだね。」

皇室で言えば、皇太子のような立場の夫、秋篠宮のような義弟。
うちの次女家も秋篠宮家タイプなので、他の兄姉がいる時に、そういう発言をしないよう
たしなめておかなくっちゃね。

本当に感じが悪くて腹が立った。


舅が寝てしまい、医師もまだ来ないので、面談室で今後の話をした。

義弟・義姉さんの話では、兄弟だけで葬儀をするので、他の親戚は一切呼ばない。
もう、それを親戚に言っているそうだ。
義弟の口ぶりでは、 やぼちんすら来なくて良いぐらいの勢いだった。
たぶん、義弟の妻は葬儀に来ないようだ。

義弟は、舅・姑が高齢になってから、ほとんど里帰りしていない。
脱サラして起業したが、失敗したので、里帰りを出来る状況じゃなかったし、
妻との仲も離婚寸前レベルで悪い。

だから、 やぼちんと舅・姑との関係や歴史を知らない。

病院から搬出した後の話をした。
「ずっと帰りたがっていたから、家に置いてあげた方が良いんじゃない?」と言ったら、
義弟が、すごい剣幕で、
「地方によって風習が違うから、一緒にしないで!」と言われた・・・。

なんで、この人は、こんなに主導権を握りたがるかのか?

まぁ、直葬にしたいという舅の意思を尊重したいのは分かるが、
(この人、なんだろう?)と思った。

                                 つづく